環境考察LaboVol.125(2018年10月号)

環境考察Labo 自然の機能を活用し新たな社会基盤 グリーンインフラとは?

少子高齢化や人口減少、多発する想定外の気象災害、こうした状況下で起こる多様な社会課題に対し、「どう適応・解決していくか」「今後どのような都市計画・まちづくりを進めればよいか」が各所で議論されている。そんな中、解決へ導く新たな考え方の1つとして注目を浴びている新しい社会基盤の考え方があるという。
それが「グリーンインフラ(=グリーンインフラストラクチャー/Green Infrastructure)」だ。
我々の暮らしにいかなるものをもたらすのか―専門家に話を聞いた。

取材・文/中村美砂子(モック社) 撮影/島根道昌

三菱UFJリサーチ&コンサルティング グリーンインフラ研究センター 副主任研究員/グリーンインフラ研究会 運営委員 三谷昂輝氏

三菱UFJリサーチ&コンサルティング

グリーンインフラ研究センター

副主任研究員/グリーンインフラ研究会 運営委員

西田貴明氏

決定版! グリーンインフラ(日経BP社)

西田氏が運営委員を務めるグリーンインフラ研究会から発行した『決定版! グリーンインフラ』(日経BP社)。識者50人による国内外の最新事例が解説されている。

グリーンインフラ研究会

グリーンインフラは未来に向けた世界共通のキーワード

グリーンインフラとは「自然の機能や仕組みを活用した、社会資本整備や土地利用計画」のことだ。道路や橋梁、河川整備など公共事業はもちろん、 民間企業や個人単位にも取り入れられる「考え方・技術」を指す。

自然環境保全の重要性はいまや多くの人に受け入れられているが、グリーンインフラは自然を単に「守る」だけではなく、「活かす」ことにも重点が置かれている。

「たとえば、古くからある防風林もグリーンインフラの1つです。とくに近年では、建物の屋上や壁面の緑化など、個々に自然機能を活用した取り組みが行われてきています。それらの点を結び、組み合わせて、既存のインフラと面的につなぎ合わせることで、都市計画やまちづくりなどに活かしていこうという流れができつつあります」と西田氏。

このような概念や取り組みはアメリカとヨーロッパで先行し、1990年代後半から「グリーンインフラ」という言葉が使われるようになった。

アメリカでは環境保全と、多発するハリケーンなど豪雨災害に対する雨水管理を同時に実現させる手法として、一方、ヨーロッパでは気候変動への適応策や水資源の確保、環境保全型の農林水産業の展開といった数々の社会課題解決策として、「グリーンインフラ」というキーワードが登場した。

日本でも2013年頃から研究者の間で議論が始まり、2015年以降は国土交通省や環境省をはじめ、関係省庁の行政計画に盛り込まれるようになった。

そして今、環境保全、防災・減災、都市計画や地域開発、さらには経済振興の結び目として、この「グリーンインフラ」に期待が高まっているのだ。

世界の優良事例に見るグリーンインフラの可能性

グリーンインフラを都市計画に取り入れ持続可能な社会を実現している優良事例として度々取りあげられるのがシンガポールとアメリカのポートランドだ。

シンガポールは、自国消費する水の約40%を隣国マレーシアから輸入してきたことから、水の自給率向上に向けた戦略「ABC-WDG」を打ち出しており、その中に、多機能型・都市型河川公園「ビシャン・パーク」の再整備をはじめ、2030年までに約100のグリーンインフラ・プロジェクトが指定されている。現在、自給率向上に加えて水質向上や洪水被害の低減も見られ、グリーンインフラの好事例として注目度が高い。

またポートランドにおいては、「グリーンインフラ」という概念が出てくる以前から「自然を活用する」ことに着目して整備が進められてきた。かつて大雨が降る度に地下室が浸水する、汚水が川に流れるなど、雨に悩まされてきた街だ。その対策として、地下に人工的な雨水貯留施設を整備するとともに、屋上緑化、緑溝、雨庭などを設け、雨水の貯留・浸透機能や植物の蒸発散機能など、自然の水循環プロセスを活用した総合的な雨水管理が施された。

ポートランドが現在のような街になるまでには約20年を要しており、その間、行政だけでなく、レストランやカフェ、ショップなど民間単位でも、雨水管理と集客の双方を目標に据え、小さな取り組みを重ねたという。やがて雨問題の解消に伴って景観も整えられ、結果、不動産価値も向上した。現在、ポートランドは「アメリカでもっとも住みたい街」として取り上げられている。

「都市スケール、エリアスケールで実現させるグリーンインフラは、小さな取り組み・小さな技術の集合体です。行政と民間の連携が求められますが、だからこそ単一の問題解決だけではなく、景観が良くなった、経済効果が出たなど、複合的な効果が目に見えることが大切」と西田氏は言う。

ABC-WDG:
「ABC Water Design Guidelines」の略。“美しく、きれいで、生き生きとした水と暮らす国にする”という目標から「Active」「Beautiful」「Clean」の頭文字が使われている。

【ビシャン・パーク】(シンガポール)

都市スケールでグリーンインフラを実践しているシンガポール。かつて水を下流に早く流すように整備されていた直線約3qにおよぶコンクリート製の排水路を、蛇行する自然型の川へと再生し、非常時には氾濫原となる都市型河川公園として再整備された「ビシャン・パーク」。公園内には広大なビオトープが設置され、植物とバイオフィルターを用いて水質を浄化している。

ビオトープ:
ビオトープ:動物や植物が恒常的に生活できるように造成または復元された小規模な生息空間。

【ポートランド】(アメリカ)

1990年代から自然を活用したまちづくりに取り組んだポートランド。道路沿いには植栽帯や緑溝、個人邸やレストランなど民間の建物には雨庭などを設けて雨水を集め、地下への雨水流入を遅延させるとともに、合流下水道への雨水流出を低減させた。行政・民間連携の様々な取り組みにより、防災、生態系保全、経済的効果などを生んだ。

グリーンインフラがもたらす効果

行政単位での活用の拡大がより大きな効果を生む

街道の「並木」や「防風林」など、日本でも古くからグリーンインフラと捉えられる整備や土地利用が行われてきた。しかし近年では、気候変動に伴う想定外の気象災害が多発し、さらには過疎化による未利用地の拡大、人口減少による経済活動の担い手不足など国が抱える課題も多い。日本はいま、時代に適応した土地利用の見直しが求められており、その解決の一助としてグリーンインフラが注目されているのだ。

「防災・減災や地域経済の向上を見込んだ整備の手法としてグリーンインフラへの期待が高まっています。ポートランドのように官民連携の大規模な整備には時間がかかりますが、専門家には多くの自治体から関心が寄せられており、静岡県の『麻機遊水地』をはじめ、数多くの実践事例もあります」

しかし資金面や技術体系の不足など、「まだまだクリアすべき課題も多い」と西田氏。グリーンインフラの構成要素は「自然=生きもの」だ。機能の確実性が低く評価も難しい。が同時に、そうした環境評価のための研究プロジェクトも進んでおり、行政の仕組みの中でのグリーンインフラの活用も拡大傾向にある。拡大が進めば、点在する既存の小さなグリーンインフラを線や面でつなぎ、やがてより大きな効果を創出するのだ。

【麻機遊水地】(静岡)

静岡市を流れる巴川流域の総合的な洪水対策として整備された遊水地。遊水地とは洪水時に河川から水を流入させて一時的に貯留し、流量調節を行う土地。氾濫原となるため他目的の土地利用は難しいが、人が入りにくい環境であることから多様な動植物が生息する自然環境となる。