モノづくり/テクノロジーの舞台裏Vol.125(2018年10月号)

モノづくり/テクノロジーの舞台裏
シミュレーション解析

取材・文/富永裕久(株式会社ポントゥーン)

シミュレーションで現象を再現 膨大な計算で最適解を求める

日立建機 実験解析評価センタ長 田村和久

日立建機 実験解析評価センタ長

田村和久

「試作機の完成度を高めるには、実はシミュレーション解析以上に実験検証がとても重要です。実験を繰り返すことでシミュレーション解析の精度が高まり、最適な解析モデルが構築できるからです。『実験解析評価センタ』の名前通り、『実験』が『解析』の前に来るのは、まずは実験ありきだから。部署名を決めるとき、これは絶対譲れなかった」

コンピュータ上で現実世界の現象を再現。その挙動※1を探る“シミュレーション解析”がさまざまな科学分野や産業で利用されている。例えば「はやぶさ」のような小惑星探査機。製造や打ち上げに膨大なコストがかかるため、試作機すら容易には作れない。そこであらかじめコンピュータ上に作った仮想世界で、起こるべき現象を解明・理解し、シミュレーションを重ね、理屈や理論を駆使して研究・開発を行う。

このように航空宇宙産業や自動車産業に使われるシミュレーション解析は、建設機械の設計でも行われている。高性能・高品質の製品を低コストで他社に先駆け早く市場に出す。メーカーの使命ともいえるその課題は、シミュレーション解析の正確さがカギを握る。油圧ショベル1つとっても、運転室内の安全性や居住性、ブームやアームの剛性・強度、クローラなど足回りの耐久性、エンジンの高効率化と熱害の防止、あるいは低騒音化、低振動化など、シミュレーションする項目は枚挙にいとまがない。

例えばエンジンルーム。写真1は熱と空気の流れをシミュレーションした画像だ。

エンジンルームのシミュレーション画像

写真1 エンジンルームのシミュレーション画像。占有スペースが狭いエンジンルームからいかに効率よく放熱させるか。試作機をつくる前にシミュレーション解析によって目に見えない風の流れや熱を再現する。

「色は温度、曲線は空気の流れです。オーバーヒートを防ぐため、エンジンルームの熱は素早く逃がしたい一方で、占有スペースが極めて狭いエンジンルームからいかに効率よく放熱させるかが重要です。試作機が完成してからの設計変更では、膨大な時間とコストがかかってしまいます。そこでシミュレーション解析により、事前に目に見えない風の流れや熱を再現するのです」(実験解析評価センタ長・田村和久)

そもそもエンジンに求められる第一はパワーやエネルギー効率。だが燃焼率を上げれば、それだけ高温になる。停止後の熱のこもりも考慮しなければならない。一方で静音性も重要だ。だが音を閉じ込めれば熱がこもる。逆に放熱性を高めれば今度は音が漏れる。いわゆるトレードオフの関係だが、その折り合いをどこでつけるか。

「いくつもの要素や条件をあれこれと変え、最適解を探し出します。その組み合わせは気が遠くなるような、膨大な量の計算が必要です」

いまではワークステーションで10分で終わるが、かつてはスーパーコンピュータで一昼夜かかる演算だった。

実験に裏打ちされた解析モデルで開発期間を短縮

田村がセンタ長を務める実験解析評価センタが発足したのは2008年10月。シミュレーション解析によって製品の総合性能や安全性の向上に加え、開発期間の短縮とコスト削減が目的だ。ところが同センタは、発足後しばらくはシミュレーションをしていない。何をしていたのか。“実験”である。田村は言う。

「正確にシミュレーションをするには、コンピュータ上に優れた解析モデルを構築することが不可欠です。その解析モデルの妥当性を証明する“バリデーション(妥当性確認)実験”を緻密に行うことが重要になるのです。解析計算だけでなく実験をしてズレを正すというわけです」

実験によって現象を解明し、それを解析モデルに投影する。つまり“仮想=現実”となってこそ、後に完成度の高い試作機が生まれ、製品化へとつながる。結果的に開発期間は短縮され、コストが削減できる。

車体転倒時の運転室にかかる負荷を想定した時、それがどう変形するかを検証した写真がある(写真2)。右がシミュレーション結果であり、左が実際に車体の転倒実験をした後の運転室の写真だ。変形した運転室全体の姿はもちろん、1本1本のシワの筋までが、見事に一致する。田村が感慨深げに言う。

写真2車体転倒時の運転室にかかる負荷を想定した時、それがどう変形するか。右が解析結果で、左が実際に車体の転倒実験後の写真だ。変形した運転室全体の姿はもちろん、1本1本のシワの筋までが、見事に一致する。

「ここまで来るのに10年近くかかっています」

こうした努力は開発期間を大きく短縮した。例えば以前は、油圧ショベルのフレーム部分の試作を、力をかけたときのひずみ具合の基準値をクリアするまで何度も繰り返していた。ところが最近は1回、多くても2回の試作でクリアできる。正確なシミュレーションの威力である。

現場データを精力的に収集実験基準の最適化を探る

現場で機械はどう使われているのか。それを把握して実験基準を適正化させるのも田村らの重要な仕事だ。

同センタでは、グローバルeサービスで収集する世界中の稼働データから、とりわけ高負荷のかかっている機械が稼働する現場を選定し、そこへ機械を持ち込んで負荷を数値化した。機械には応力を測定する128個のひずみゲージと、車体の振動および挙動を把握する18個の3軸加速度センサーを取り付け、総計182チャンネルを同時に測定した。

「1日10時間、2週間にわたってデータを収集、その分析結果と当社の試験場内での実験結果を突き合わせました。結果、双方がほぼ同等のグラフを描くことが確認できた。つまり実験条件が、高負荷で稼働する実際の現場を再現できていることが分かったのです」

実験基準がお客さまの機械の使用状況とかい離していない事実は、シミュレーション解析の精度を導くバリデーション実験の適正さを物語る。

土木、鉱山、林業、解体、産廃処理など、建機にかかる負荷は使用目的によって異なるが、新興国ではインフラ整備が急務なことから酷使される例も多く、欧州では多様なアタッチメントの使用など、稼働現場が世界各地におよぶことで想定外の使われ方、負荷のかかり方をしていることもある。精度の高いシミュレーション解析で、業種や国・地域によって異なる使用条件をも見据えた開発が可能になる。

現在、超大型油圧ショベルには、各種角度センサが搭載されているため、機械が現場でどんな掘削作業をしているかがデータから“見える”ようになった。また、このデータを用い、コンピュータ内で掘削状態の解析が再現され、稼働率から見える現場環境や構造物への疲労損傷度も計算され、仮想空間でデジタルツイン※2が現実化されつつある。

「やがては中型油圧ショベルにも角度センサを搭載したい。IoTでのデータ収集、AIを駆使した分析による機械の状態予測は、故障の予兆診断や効果的な保守メンテナンスはもちろん、正確なシミュレーション解析を用いた新たな製品の設計開発に存分に生かせるはずだ」

※1挙動:
機械に、ある応力を加えた時の、物体の動きや作用。
※2デジタルツイン:
デジタル上にあたかも双子のように現実世界を模したシミュレーション空間を構築できる手法。