環境考察LaboVol.126(2018年12月号)

環境考察Labo 商店街の中に宿泊機能が点在観光客を回遊させるまちごとホテル

東京都谷中の「hanare」、岡山県矢掛町の「矢掛屋」、兵庫県篠山の「NIPPONIA」など、近年、フロントや客室などが町の中に点在するホテルが増えている。こうした形式から「分散型ホテル」「クラウド型ホテル」などと呼ばれるが、そこへさらに地域を巻き込んだ「まちごとホテル」のスタイルが、周辺の賑わいづくりに一役買っているのだという。大阪の商店街や住宅街を拠点に「まちごとホテル」を展開する「SEKAI HOTEL」を訪ねた。

取材・文/中村美砂子(モック社) 撮影/島根道昌

商店街に馴染むSEKAI HOTELの入口

商店街に馴染むSEKAI HOTELの入口。仰々しいエントランスはなく、洋品店だった当時の面影がそのまま活かされた、アーケードに開かれた造り。

商店街にホテルを構えて宿泊客に「日常」を提供

SEKAI HOTEL株式会社 広報 三谷昂輝氏

SEKAI HOTEL株式会社 広報

三谷昂輝氏

www.sekaihotel.jp

東大阪市布施。駅前からアーケードが縦横に伸び、400以上もの店がひしめき合う古い商店街だ。
「SEKAI HOTEL布施」の入り口は、その一角にある。難波まで電車で10分というアクセスの良い立地だが、周辺にきらびやかな印象はなく日常感が満載だ。「その“日常”を提供することが、SEKAI HOTELのテーマです。旅先であっても、まるでそこに暮らしているかのように過ごしたい方や、日本人の日常生活に興味を持たれている外国の方などに喜ばれています。また、落ち着ける風情に惹かれ、大阪を訪れるビジネスユーザーにもご利用いただいています」(三谷氏)

かつて洋品店だった店舗をリノベーションしたというこのホテルは、看板は洋品店のまま、ホテルの看板さえ脇に小さく出されているのみ。「この町が重ねてきた歴史や思い出を、真新しいホテルの看板を仰々しく掲げることで壊したくない」というのがその理由だ。

1階がフロントとカフェ、階上に個室とドミトリータイプの部屋があるが、少し離れたところにもグループで泊まれる1棟貸しの戸建てが用意されている。今後も商店街の中に客室や売店などを増やす予定で、現在は3戸を改修中だ。

商店はホテルの機能を担い宿泊客は商店街を“体験”する

SEKAI HOTELの仕組みはこうだ。フロントでチェックインを済ませると、スタッフが部屋まで案内する。その道中、「ここはコーヒーが3杯までお代わりできる店」「銭湯を体験したければここ」「スーパーはここ」というように、店を紹介しながら歩く。宿泊客は必然的に商店街を回遊することになる。また、宿泊客には「SEKAI PASS」というカードが渡され、提携店でカードを見せると「増量」や「10%引き」といったサービスを受けられる。
宿泊施設が商店街の中に点在しているというだけでなく、既存の店がホテルのレストランやカフェ、売店、土産物屋の役割を担う、まさに商店街と一体化したホテルなのだ。

地域・利用客・ホテル 三者「win-win」のアイデア

昨今では、大型店の煽りを受けて個人商店が経営難に追い込まれている。利益が見込めない、後継者がいないなどの理由で閉店する店も多く、あちこちで空き家になっている商店街も少なくない。

しかしSEKAI HOTELは、“商店街”は魅力的なコンテンツになると確信し、「まちごとホテル」をオープンさせた。一方、商店街としても、空き家となっていた店舗がホテルの客室となることで、“シャッター通り化”を免れる。さらには、「ホテル利用者」という新たな客層を得ることになる。そして利用客は、一般的な宿泊施設では味わえない、日常体験が可能になるのだ。

商店街の建物のほとんどが築40〜50年の古い物件

商店街の建物のほとんどが築40〜50年の古い物件。写真の空地や空き家も近日中に客室へと改修予定だが、看板や店構えは変えず、商店街に馴染むように設える。

「通常、ホテルをオープンする際はまとまった土地や設備が必要になり、また一旦所有してしまうと、それ以上にもそれ以下にもできません。しかし、『まちごとホテル』のスタイルでは、状況に応じて客室数を増減することも可能ですから、初期投資や運営費のロスを最小限に抑えられます」

さらに三谷氏は、「当初は予想していなかった社会的な役割を実感することも多い」と語る。

ホテルスタッフは日頃から地域住民と積極的にコミュニケーションをとっている。宿泊客と住民を巻き込んだイベントも度々行っているが、その際に参加した子どもたちにスタッフが英語を教えることもある。また、最近顔を見ない独り暮らしの高齢者を心配してスタッフが家を訪ねたところ、病気で寝込んでいたことが発覚し、以来、独居高齢者の“見守り”などを行うことも心がけている。

「私たちのホテルは、町の人々と手を取り合っていかなければうまくいきません。コミュニケーションはホテルスタッフの大切な業務なのです」

「まちごとホテル」は、地域に新しい風を起こすだけでなく、そこに住む人々にも寄り添っているのだ。

フロントに併設されたカフェの家具や照明器具は地元で造られたもの。今後はカフェを訪れた人が、家具や照明器具をカフェからオーダーできるようにして、地元に還元する仕組みをつくっていく。

個室、ドミトリー、1棟貸しなどさまざまなタイプの部屋がある。宿泊料は民泊とビジネスホテルの中間価格帯で利用しやすい。

ミニマムデベロッパーだからこそ住民の不安を払拭できる

SEKAI HOTELは、布施エリアに先駆けて、大阪の西九条に「まちごとホテル」を展開している。近辺は住宅街で、賑やかな布施エリアとは趣きが違う。

オープン前、地域住民から治安悪化や騒音を懸念する声があがったのも事実だ。現在でも何度も話し合いを重ね、互いに歩み寄っている。

「住民の方々の不安を1つ1つ拾い上げ、どう対応できるかを一緒に考えてきました。SEKAI HOTELの親会社は、最低限かつ最適な開発を行う、クジラ株式会社というミニマムデベロッパーです。その規模だからこそ、課題解決に向けて柔軟に対応できるのだと思います」

西九条・布施、両拠点とも、オープン後も定期的に近隣の方々に対して住民説明会を行うことで、意見や問題点を拾い上げているという。今後はさらに拠点を増やし、将来は全国展開・世界展開も視野に入れているSEKAI HOTEL。

「その町らしさを活かし、町と一緒に成長したい」

三谷氏は語ってくれた。

「SEKAI PASS」

提携をしているたこ焼き店「丸幸水産」では、「SEKAI PASS」を見せると通常より2〜3個多く提供される。店先に貼ってある、SEKAI HOTELのロゴシールが提携店の目印。